和菓子歴史研究 後藤幸夫
日本は第二次世界大戦により大都市の東京はじめ名古屋、大阪、長崎など66箇所が空襲や災害や消費低迷皆無の時代になり、菓子木型、木型刷り込み板や焼印など、多くの菓子屋は消滅してしまった。若松屋阡壱は江戸末期から明治・大正・昭和の最も和菓子が栄えた時代の菓子木型約1,000丁と伊勢型紙や焼印や時代の金型など合わせて1,400点余りを保有保存している。先代・千一が専門職としてきた菓子の引き物細工の伝承技術の数々と現存する菓子木型資料と和菓子歴史の文献をもとに、菓子職人の立場を踏まえて、和菓子の歴
史を考察してみた。 また、尾張地方は桃の産地であり、当店は20年余り桃菓子の研究により銘菓・桃酔菓を考案、多くの桃菓子も考案した。その製法と桃の歴史も紹介する。 |